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経済学部教員が綴る、情報マガジン。このコーナーでは、経済学部教員がリレー形式で、思いつくまま最近気になっているニュースや、お勧めの新刊、旅行記など、受験生や学部生に向けてのメッセージを発信します。

日本のサッカー人気はヨーロッパ型かアメリカ型か?—スポーツ経済学の視点から—

2010年8月31日
経済学部 福原 崇之

今夏はサッカーのワールドカップ南アフリカ大会(以下W杯)が開催されましたが、決勝トーナメントでは、ベスト4に優勝したスペインをはじめオランダとドイツの3チームが勝ち進み、現在のサッカーの中心がヨーロッパにあることを印象付ける結果となりました。W杯は、テレビ視聴者数では世界最大のイベントであり、経済的側面に焦点を当ててみると、開催国の南アフリカへの経済効果は総額で約1.16兆円と見積もられ、W杯を運営する国際サッカー連盟(FIFA)が販売するテレビ放映権料は、南アフリカ大会では2700億円に上るなどスポーツがビッグビジネスとなってきたことで経済学の分析対象となってきています。そこで、ここではサッカーを例にスポーツ経済学の一端を紹介します。

まず欧州3大リーグといわれるリーグの近年の優勝チームに焦点を当ててみましょう。イングランドのプレミアリーグは1995-1996シーズンから2009-2010シーズンまでの各シーズンの優勝チームをみてみるとマンチェスター・ユナイテッドが9回、アーセナルとチェルシーがともに3回ずつと、わずか3チームしか優勝チームが出ていません。

スペインのリーガ・エスパニョーラでも、2004-2005シーズン以降に限ると、FCバルセロナが4回、レアル・マドリーが2回優勝を飾っていて優勝争いはこの2強によって独占されています。

イタリアのセリエAでは1995-1996シーズン以降、インテルとユベントスが5回ずつ、ACミランが3回、ラツィオとローマが1回ずつ優勝を飾っています。なかでもインテルは2005-2006シーズン以降、5連覇しています。

これら3大リーグでは優勝争いがごく限られたチーム間で行われていることに気がつきます。これはそれぞれのリーグに人気や市場を牽引するべきチームが存在していることを意味します。

スペインやイタリアに代表されるヨーロッパのサッカー界は、人気と実力のあるチームは、そうでないチームに比べテレビ放映権などで多額の収入を得ることが可能で、また得た収入の大きさや使い道に関して一切の制約が課せられていないという点で、自由競争であるといえます。収入や支出に関して何の制約も課されなければ、収入の多いチームはより多くの年俸を選手に支払うことが出来、優れた選手をチームに引き止めておくことも容易になりますし、多額の移籍金を支払って、他のチームの良い選手を獲得することも出来ます。強いチームはどんどん補強を行い強いチームを作り上げる一方で、力の足りなかったチームは市場(=リーグ)からの退出(=降格)を余儀なくされ、新たなチームが代わりに市場に参入(=昇格)してくるという昇格・降格システムは、サッカーリーグがチーム間の戦力バランスを考慮しない構造であることを意味していることに他なりません。このようなタイプのスポーツビジネスの構造がヨーロッパ型とされています。

ヨーロッパ型のビジネス構造に対して、アメリカ型のスポーツビジネス構造があります。アメリカのプロスポーツは、不確実性が人気につながるという考えを基に運営されています。ここでの不確実性とは、試合の結果に対する不確実性で、リーグに参加しているチームのどこが勝つか分からない、どのチームにも優勝の可能性があるという構造をリーグ側が作ることで、リーグ全体をブランド化し人気につなげようと意図しているのです。そのために各チームの戦力を均衡させなければいけませんから、チームの収入または支出に規制をかけます。収入に規制を課す制度にはレベニュー・シェアリング(注1)があり、支出に規制を課す制度にはサラリーキャップ(注2)やラグジュアリータックス(注3)などがあります。また、選手獲得の際にはドラフト制度を導入し、チーム間で戦力が偏らないようにしているのです。

では日本のJリーグのファンは、少数の強いチームが優勝争いをするようなヨーロッパ型のリーグを求めているのでしょうか、それともどのチームも優勝の可能性のあるようなアメリカ型のリーグを望んでいるのでしょうか。それはリーグの面白さの指標というものを作ってそれが観客数にどれだけ密接に関わっているかを検証することによって知ることができます。ヨーロッパ型であれば毎年のリーグ戦の面白さに観客数は影響されないし、アメリカ型であればその逆の現象がみられるでしょう。

日本のJリーグのデータを用いて、リーグの面白さの指標として勝率の標準偏差指標を使って分析を行ったところ、その大きさと観客数の増減とが密接に結びついていること、またW杯は予選の段階からファンのサッカーへの関心を惹きつけることによってJリーグの観客を増やしていることを示唆する結果が得られました。

これらの結果から、日本のサッカーファンはアメリカ型のリーグを望んでいることが分かります。すなわち、日本のサッカーファンはたくさんのチームがしのぎを削ってどこが優勝するか分からないようなリーグを望んでいるようです。みなさんはこの結論に対してどんな感想を持つでしょうか?

スポーツをミクロ経済学的に分析するスポーツ経済学という学問分野は、まだ広く知れ渡っているという分野ではありませんが、普段観ている野球やサッカーが経済学によって分析可能であることを知ってもらい、みなさんが経済学に興味を持つ一助となれば幸いです。

注1:入場料収入と地元TV局からの放映権収入の一定割合を各チームから徴収したのち、各チームに均等に配分する制度。
注2:各チームがプレーヤーに支払う報酬総額に上限を設ける仕組み。
注3:課徴金制度。チームの選手年俸総額が基準額を超過した場合には、チームに課徴金を課すという制度。