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実験をやりながら経済学を学ぶ

経済学科 中込正樹
l008大学で経済学を勉強するスタイルは、近年大きく変わってきました。これまでの学生さんたちは、教科書を読んで大切なことを覚えたり、またはレポートの課題が与えられればいろいろと資料を集めたり調べものをしたり、また場合によっては簡単な計算問題をやって経済の基本的なしくみを確かめたり、まあそんな感じであったと思います。ところが2002年にバーノン・スミスがノーベル経済学賞を受賞したと言うことが象徴しているように、最近は実験をやりながら経済学の研究をやったりまたは勉強したりということが、かなりひんぱんに行われるようになってきました。これまでは一般的に「経済学では実験はできない」と信じられていたし、私も学生時代にはそのように多くの偉い先生方から教えられてきました。そのような状況だったので、この「経済学で実験?」ということは、最初はとても大きな驚きでした。しかし経済学の実験って、やってみると、結構おもしろいんですよね。(もちろんそうでないものもありますが。)いや実験というと、理系の人たちがやっているように「フラスコや試験管を使ってやるもの」というイメージが強いんですが、経済学の実験はそうではありません。パソコンを使って行う「シミュレーション」という方法もありますが、もっとおもしろいのはたとえば「模擬株式市場」を作って実際にみんなで偽物の株式を売買してみるんですね。やってみると、驚くことに、こうしたゲームの中でも「バブル」が発生して株価が急上昇したり、逆にバブルがはじけて株価が大暴落したりするんです。取引中に大損をして破産する人も出てきます。いやこれはゲームですけどね。私は、3年生と4年生で構成されている自分のゼミや「応用マクロ経済学」という300人を超える大教室の授業でも、すでに何回かさまざまな実験をやってみました。学生さんたちの反応は上々でした。「いつもは紙と鉛筆だけで受け身的に経済学を勉強しているけど、経済実験って新鮮でおもしろい」とか、「経済実験で授業への参加意識が高まって、勉強への興味が高まった」という声を多数聞いています。もちろんいつも実験はうまくいくとは限りません。「ロケットうちあげみたいに?」失敗することもあるんですね。でもそのようなとき、私は学生さんたちといっしょに、なぜこれまでの経済学の理論と違った結果が生じてしまったのか、みんなでその理由を考えることにしています。なので、まさに「失敗は成功のもと」です。「失敗?」と思われる結果が出たときの方が、「なぜだろう、なぜかしら」とみんなでいろいろと考えて、かえって今まで気がつかなかった新しい側面を発見することがあります。今年は相模原の1年生の授業(「公共哲学」という授業)でも、経済実験をやってみました。公共財に関する実験です。1年生で実験をやるのは「歴史上はじめて」なので、みんな最初は「単なるイベントか?」と思っていたらしいんですが、あとでなぜこんな実験をやるのかを理解したら、「経済学は深い、、、」と感心していました。私も楽しかったです。

l009そしてさらに最近は、経済実験の手法はもっと「進化」していまして、なんと人間の「脳の働き」と経済行動の関係を調べようというものも出てきました。ニューロ・エコノミックス(neuroeconomics)といわれるのがその分野です。このタンパク質の固まりである脳が、なぜ「意識ある心」というわたしたちの高度な心を生み出しそれによってこの複雑な経済社会の中でのいろいろな決定をうまく行えるようになっているのか(ときにはうまくいかないこともありますが)、何とも不思議なことですよね。気の遠くなるような多くの脳細胞が複雑な構造を作っていて、そのなかを無数の信号が絶え間なく同時多発的にやりとりされているのに、この「心」という認識世界は、それぞれの人にとって1つにうまく統合されているんですよね。そしてまた何十億という多くの人々が集まって、マクロの人間社会を構成し、市場経済での活動を繰り広げています。私たちの脳の中には、こうした広い世界のことも知識としてしっかりと(しっかりでない人はそれなりに)入っています。脳の中の世界と実際にそうした脳を持った人々が作る世界の相互作用、、、壮大な研究課題が見えてきますね。私の大学院のゼミでは、こうしたニューロ・エコノミックスの最先端の実験を、現在、理学部の研究室(井出教授の研究室)との共同で行っています。「光トポグラフィ」というなんと定価1億円もする機器を使って、人間の脳の「前頭葉」(特に「前頭葉内側部」)が経済的行動を決定しようとするときどのような反応を示すかを調べています。そのうちに、上で述べた「模擬株式市場実験」を、こうした先端的な機器を頭にくっつけながらやってみようか、というような計画も立てておりますが、どうなることでしょうか。脳医学と経済学、世界の最先端研究はそんなところで展開されています。みなさんも、経済学への古い固定概念を捨てて、実験という新しい方法に関心を持っていただけたら、大学における経済学の勉強がさらに興味深いものになると思います。広い世界が皆さんを待っています。