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現代経済デザイン学科で都市について考える

現代経済デザイン学科 �橋 重雄
l0182008年度から始まった現代経済デザイン学科も2年目が終了しようとしています。今のところは1年生と2年生しかいませんが、この4月からは3年生を迎えることとなります。我々教員一同も、3年生向けに新たに開講する授業の準備に追われています。

当学科では公共分野と地域分野に関連した授業を行なっていますが、私は4月から新たに「郊外地域論」という科目を担当します。都市は「経済」活動の場として重要ですが、「現代」の都市「地域」を理解し、今後のまちづくりなど効果的な地域「デザイン」を検討するためには、郊外地域の果たしてきた役割や今後予想される動向等について理解する必要があると考えるからです。

今と比べると、昔の都市はかなりコンパクトなものでした。東京が江戸だった頃、今の新宿や渋谷は江戸のはずれでした。ところが現代では横浜や千葉、さいたまに住み東京都心部に通勤・通学している人がたくさんいます。かなり単純化した表現になりますが、都心部は「働くところ」、郊外は「住むところ」という状況になったわけです。日本経済が急速に成長を遂げていた時期に東京の郊外にも大規模なニュータウンが建設され、多くの人が都内からあるいは地方から東京の郊外に移り住みました。郊外では一般に車による移動をしやすいので、幹線道路沿いに大型商業施設が立ち並ぶようになりました。こうした傾向は地方都市では一層顕著で、その結果中心市街地が衰退して「シャッター通り」化する事例も増え、郊外の商業開発規制が行なわれる事態も生じています。

私が十年ほど暮らしたアメリカの都市では、こうした変化が日本よりも数十年早く生じ現在に至っています。日本の都市でも、もうしばらくこうした郊外化の進展が続くのでしょうか?ところが状況はこれまでとは異なり、わが国の人口増加も止まり、今まで以上に移民を受け入れることがない限り人口は今後徐々に減っていく可能性が大きそうです。再開発事業で大きなマンションが都心部周辺にも増え、人口の「都心回帰」という現象も生じています。都心部とその周辺は「働くところ」だけではなく、「住んで働くところ」という場合も、少しずつ増えています。郊外に開発されたかつての「ニュータウン」も開発後数十年たち、施設の老朽化や住民の高齢化に伴う住居および地区の更新や「バリアフリー」化の必要性が高まっています。また近年は「コンパクトシティ」という言葉を耳にすることも増えました。無秩序に拡大した都市は、上下水道の供給や雪国における除雪の費用増大など、住民の生活を維持するためのコストの点でも望ましくありません。人口高齢化が進み車の運転ができなくなると、郊外地域での生活はたいへん不便なものになります。今後は日本の都市にも、必要以上に大きなものにしない工夫が求められるかもしれません。

このように、わが国の都市はこれまで成長を続けてきた時代とは異なる対応が今後求められると考えられます。こうした状況の変化を理解し、将来の都市生活が少しでも快適なものとなるように、行政や都市計画、実際のまちづくりで活躍できる人材が、この学科の卒業生の中から育ってほしいと期待しつつ、授業準備を進めています。