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東日本大震災とトランス・サイエンス

経済学部 三條和博
l047東日本大震災で被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復興へ向けて、共に歩んでいきたいと思います。

さてみなさんは、東日本大震災から何を感じたでしょうか。幸い私は直接の被害はほとんどなかったのですが、ニュース映像で目の当たりにする津波の破壊力の凄まじさに、思わず背筋がゾッとしてしまいました。それと同時に、文明が自然の脅威の前にいかに脆いものであるかをまざまざと思い知らされました。また学問の府に身を置くものとしては、このような大災害に対して学問がいかに無力であるかという現実を突きつけられ、喪失感に打ちのめされてしまいました。

科学や技術は、なぜ今回の地震や津波に有効な方策がとれなかったのか。また未曾有の大惨事となった原発事故の根本的な要因は何だったのか。これらについて検証してみましょう。まず地震については、実質的に有効な予知はまったくできませんでした。理由はいくつか考えられます。まず、地震学の定説では、今回の地震の震源域では巨大地震は発生しないと考えられていたこと。また歴史的に、西日本に比べ東北地方は人口が少なかったため過去の地震に関する文献記録があまり残っておらず、このことが地震の研究者に対して「大きな地震は起こらない地域である」との「思い込み」を生じさせていたこと。そしてその結果、東海地震などに比べ、予知のための観測体制が手薄だったこと、等が挙げられます。多くの地震の専門家にとって今回の巨大地震はまったくの不意打ちであり、最近の数十年間に築き上げてきた地震学が崩壊した、と嘆く地震学者もいます。また沿岸に設置された堤防は海岸工学の成果物であると言えますが、今回の津波は多くの堤防を乗り越え、背後にあった集落や港湾施設に被害を与えました。その後の調査で、岩手・宮城・福島3県の海岸にある堤防の延長およそ300キロのうち約190キロが全半壊したことがわかっています。その結果、堤防は本当に役に立つのか、多額の税金を投入して建設する価値があるのか、といった議論も起こりました。

l048さて原発はどうだったのでしょう。今回の大事故から、原発の社会に対する安全性と、社会における必要性の議論が沸き起こりました。事故は「想定外」の大きな津波が原因と言われますが、それならばどこまでの可能性を想定するべきだったのでしょうか。例えば、隕石衝突の危険までも考慮した設計は必要でしょうか。さらに、この「線引き」(考慮すべき範囲の設定)を誰がおこなうか、といったことも問題となります。

地震予知、堤防建設、原発の見直しといったいずれの問題も、科学や技術すなわち理学や工学が社会の期待に応え切れているのか、という本質的な疑問がその背景にあると考えられます。つまり、科学や技術がそれ自体で、さまざまな課題に対する「線引き」を適切におこなえるのか、という疑問です。現在の科学や技術に、現実社会において誰が見ても合理的だと思えるような判断を下す力が本当にあるのでしょうか。原発における安全設計の指針、例えば耐震基準の設定のしかたなどに関しては批判の声もあります。少なくとも東日本大震災を見る限り、地震予知や海岸堤防、さらに原発もが本当に必要なのかといった議論に対しては、科学的・技術的な側面のみによって合理的な結論を示すことができるとは到底思えません。

このように、社会からは科学による「答え」を期待されているものの、科学によって明確な「答え」が示せない問題が存在します。科学技術社会論の分野では、こうした「科学に問うことはできるが、科学のみでは答えることのできない問題群からなる領域」を「トランス・サイエンス」(trans-science)と呼びます。

原発利用はトランス・サイエンスの事例です。なぜなら、エネルギー政策や電力需給の見通し、あるいは事故の際のリスクの大きさなどから、原発導入の可否は科学者・技術者が科学や技術の面だけで判断できる問題ではなく、社会的な面からの意思決定が作用することになるからです。したがって地震予知や堤防の問題はもちろん、BSE問題、遺伝子組み換え問題、地球温暖化問題などもトランス・サイエンスに該当します。いずれも、科学的な見方とは異なる、政策決定者すなわち行政側の判断が加えられる問題です。

l049科学の専門家ではない一般市民にとって、科学に対するパブリックイメージは、「1つの問題に対し、YesかNoかについての合理的で確実な判断材料を示してくれる、信頼できる存在」なのではないでしょうか。しかしその科学が有効な答えを出せない場合、市民自身が考え、判断を下す必要が生じます。そこで重要となるのは、一般市民がそのような判断をする訓練ができているか、という点です。専門家まかせにせず、自ら結論を出すためには、日頃から自分の判断基準を準備しておく必要があります。おそらく、社会の大多数を占める「文系」市民の中には、科学や技術の分野に対し苦手意識を抱いている人も少なくないでしょう。しかしそのような市民にこそ、正しい判断のためのコツを身につけておいていただきたいと思います。そのコツとは、最先端の科学的知見や専門知識を身につけておくことではありません。もちろん知識は多いほど好ましいとは言えますが、先端的な知識というものはいずれ古くなり、あまり役に立たなくなります。それよりも重要なのは、「科学的な考え方」のエッセンスを修得しておくことなのです。

科学的な考え方を身につけることにより、有害化学物質や原発事故による放射線などさまざまな問題のリスクについて、「正しく怖がる」ことができるようになります。この能力はその人の「知的武装」として、一生涯、身を守るために役立つことでしょう。では、科学的な考え方はどのようにして修得すればよいのでしょうか。青山学院大学では、青山スタンダードの自然理解関連科目に、コア科目「科学・技術の視点」が用意されています。この科目は、文系・理系を問わず、市民として持つべき科学・技術分野の知的武装を獲得することを最大のねらいとしています。このような科目を活用し、ぜひ、科学や技術の分野に対して自分の意見を言えるような市民になってください。