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経済学部 学生記者クラブ

辰野元信さん(2000年経済学部卒業)

【NICHE(ニッチ)】—大学時代から就職、キャリア・パスについて—
ニュージランドへ留学したのは3年生の夏です。その時は、大学卒業後の就職活動については何も考えずに行ってしまいました。当時は「帰って来たら、3年生をもう一回やらないといけないから、ひとつ年下にため口をきかれるのが嫌だ」ということに悩んでいましたね。実際、日本に帰ってきてからは、4年間で大学を卒業することはもうできなくなっていたので、だったらもうどんどんニッチにいこうと思いました。(ただし、4年の前期にかなり頑張って卒業所要単位を履修し、さらに卒論を書きました。短い時間にあんなに勉強したことはありません。これが功を奏し、海外にいる間に卒業できました)。

偶然出会ったアメリカのミュージカル団隊のインタビューを受けてみないかといわれた時も、「世界中旅するのも楽しいかな」と思って受けてみたら通ってしまって、ダンスもやったことがないのにメインダンサーの一人に選ばれてしまいました。1日8時間を6週間、Tシャツを何回も絞るくらいダンスの練習をしましたよ。4年生の8月からミュージカルのツアーに行っていたのですが、翌年3月に卒業できたとの知らせを聞いて、それならもっと海外にいようと思い、結果的に7月帰国しました。

そこからようやく「留学生帰国枠」で就職活動を始めました。ミュージカルで各国を回っていた時、それぞれの国でローカルの新聞社が写真をつけて取り上げてくれるのですが、私が一面に大きく載っている記事を人事に見せたところ、「これあなたですか?」ってすごい食い付きがありました。やっぱり突出して何か変ったことをやっている人ってすごく記憶に残るようです。しかもべつに悪い経験ではなくて、国際感覚もある、といことで最初に日本オラクル株式会社(外資系IT企業)を受けてから2週間で就職が決まりました。

オラクルには丸8年間勤めました。そこでの転機は、アライアンスという、パートナー企業と一緒にビジネスモデルをつくる部署でコンサルファーム担当をやっていた時でした。ビジネスの場ではないのですが、本当に運命的な出会いで、今のユダヤ人の富豪の方と会いました。彼とは会った瞬間に意気投合し、彼が12社所有している会社のうちの1社をぜひ手伝ってほしいと言われました。書く時にPCを必要としない革新的なデジタルペン(日本では現在「MVPen」という名で売られています)を開発しているイスラエルの会社なのですが、私は現在もバイスプレジデントとしてアジアパシフィックを統括して、中国、韓国、台湾、日本とぐるぐる回っています。また、日本では「MVPen」の日本販社のプレジデントも兼務しています。

デジタルペンとは全く別ですが、もともと父がやっていた上海の貿易会社の取締役もやっています。さらに新疆ウイグル自治区という中国の北西部のエリアにある最大の都市、ウルムチで大きな地下街を父が10年前に作ったのですが、それも父の急逝に伴い、私が代表取締役をやっています。規模は10年前の3倍になっていますが、今も頻繁に中国側の代表取締役に会い、一緒にビジネスプラン、ビジネスモデルを考えて、進めています。

【日本人として世界へ】—今後の夢について—
やはり自分でも一から会社を作りたいですね。10年後という単位で考えると、やはり中国が主戦場になってくると思うので、日本と中国と近隣諸国アジアの間でこれから色んなビジネスをやっていきたいと思っています。日本人である誇りはもつべきだと思うけれど、ビジネスマンとしては「日本」のみにこだわる必要はないと思っています。日本人のアイデンティティーを持ったまま、色んな場所で仕事をしていくということは楽しいですよ。

【デジタルとアナログの懸け橋、未来型デジタルペン】—MVPenテクノロジーズ(株)について—
(MVPen:手書きのメモをその場で直接パソコンにデータ保存できる、未来型デジタルペン。www.mvpen.com)
ユダヤ人の仕事ぶりやネットワークにも興味がありましたし、アジアにももともと興味がありましたが、この技術自体が本当に革新的なものだと思っています。MVPenで書いたノートが、デジタル化され、後でPCに保存、参照、シェアできる、ということは、今の学生、ビジネスパーソンにとって大きな効率化になります。でもそれだけでなく、いつかこの「デジタルとアナログの懸け橋」と今言っていますが、たとえば携帯電話とドッキングして、携帯をおいて書けばそのまま議事録が送れたりとか、救急車だったら救急隊が書いたカルテがちゃんとそのまま届いたりとか、様々なやり方をすることによって世の中すごく変わっていくんじゃないかって思っています。それをベンチャーとして引っ張っていって世の中を豊かにしていくというところが楽しいです。

【語学はビジネスの幅を広げる】—ビジネスにおける英語の必要性—
新疆と上海の会社の関係は常に中国語の通訳の方がつくので日本語でやっていますが、ペガサスとして中国に行くときは全部英語です。今も仕事の9割ぐらいは英語です。英語はやっぱりできた方がいいですね。日本語だけだと、日本語の世界だけでしか仕事ができないじゃないですか。あと、今私も勉強中ですが、英語に加えて中国語ができれば、かなりいろんなビジネスの幅が広がると思います。ニュージランドでは英語だけをしゃべるようにしていても、本当に英語を聞いて英語を返せるようになるまで、頭の中で翻訳をして返さないようになるまでに、9か月かかりました。ぜひ大学時代に英語はしゃべれるようになってください。

【チャレンジしないというリスク】—辰野さんにも「失敗経験」ってありますか?—
私の人生、失敗だらけです。(笑)10やって1成功すればいいかな。ただ、特に大学生なんて失敗しても取り返しがつくので、逆にチャレンジしないことの方がリスクだと思った方が良い。たとえば、将来、家族もいて子供もいて・・・となると今度はリスクが踏めなくなってくる。今は踏み放題なので失敗してもいいから踏みまくったらいい。それを超えていくことが自分の自信になるし、勝つまでやるというふうにやっていればいつか必ず、勝てるものがいっぱい出てきます。自分で限界をつくらないで、自分で殻をやぶってほしい。できると思ってやれば、仕事も積極的に楽しくできます。でも今まで積み重ねた成功体験から「自分はできる」という自信がないと、なかなか「やればできる」と思えない。なので、そういう殻を破る経験は本当に若いうちからやっておいた方がいいと思います。

【最後に:インタビュアーから一言】—辰野さんとお会いして—
社会で実際に活躍されている辰野さんからのメッセージはどれも力強いものでした。自分の時間がつくりやすい大学生時代、興味のあることに積極的にチャレンジしていくのは本当に大切だと改めて思いました。チャレンジして失敗することももちろんありますが、失敗から学べることもあります。学生時代に限らず、私も成功体験を一つでも多く重ねられるように、色々なことにチャレンジしていきたいと思います。

(インタビュー&文:E.Eriko)

photo001辰野元信さん(2000年経済学部卒業)
ペガサステクノロジーズLtd.バイスプレジデント
MVPenテクノロジーズ株式会社プレジデント
新疆辰野商貿有限公司 代表取締役
上海辰野貿易有限公司 取締役

Profile
大学3年生のときに1年間休学し、ニュージランドに留学。その後、4年生の7月からアメリカのミュージカルグループに所属し、アメリカやヨーロッパなどを回る。2000年夏帰国、8月から留学生帰国枠で就職活動を行う。翌月の9月に外資系IT企業(日本オラクル株式会社)に入社。8年間勤務した後、現在はユダヤ人の富豪のもと、イスラエルハイテク企業(ペガサステクノロジーズ会社)のアジア統括としてビジネスを立ち上げている。また、新疆の会社の代表取締役、上海の貿易会社の取締役でもある。