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経済学部 学生記者クラブ

石井信之教授最終講義を聴講して

photo065石井信之教授は1971年に本学経済学部大学院を修了後、本学経済学部の教員となり、本年度末まで実に41年の永きにわたり、経済学部で経済学史や経済思想史の講義をされ、多くの卒業生やゼミ生の指導をしてこられました。

石井信之教授の最終講義が2012年1月20日(金)18:00から、青山キャンパス9号館930教室で行われました。当日は、本学教職員をはじめ、ゼミ生を含む多くの卒業生がお越しになり、会場は立ち見の方々が出る程の盛況振りでした。

石井信之教授は「アダム・スミスの道徳哲学の現在的意義」という論題で最終講義を行いました。具体的には、石井教授が研究してきた「アダム・スミスの研究」、「経済思想史の方法論」、「ノーベル経済学賞の問題点」という3つの領域について講義が行われました。

3つの研究領域の1つ目、「アダム・スミスの研究」はアダム・スミスの全著作を読み、経済学、経済思想と哲学の繋がりを研究するというものです。2つ目の「経済思想史の方法論」は、経済思想の歴史をある種の統一的な視点で見ていくために、古代から現代までの経済学の通史を、特に西ヨーロッパでの経済学の発展について論理的に理解するというものです。3つ目の「ノーベル経済学賞の問題点」は、現在の経済学が経済学の歴史から見てどのような問題点をもっているかをノーベル経済学賞の受賞者の学派的傾向から探るというものです。講義ではこの3つの研究領域の関係を踏まえて、アダム・スミスの道徳哲学の現在的意義を考えるという内容でした。

まず、経済思想の古代から現代までの普遍的な到達点としてのアダム・スミス経済思想について、アダム・スミスの最終的な到達点として“Tranquility of Mind”(心の平静)を挙げています。これは気持ちが昂ったり落ち込んだりしないで、ずっと適宜性(propriety)をキープするということです。そして、自然科学や社会科学はどこから始まるのかについては、その探求の仕方はある現象に対して、“Surprise”→“Wonder”→“Admiration”という「驚き、疑問を持ち、そして感嘆する」ことによってということです。これは、アダム・スミスの言葉で表すと“Imagination”(想像力)で自然現象を考える方法です。いいかえれば、ある現象に対して想像力を持って冷静に理解しようとするということです。さらに、多くの哲学者や思想家から影響を受けたアダム・スミスの考えを経済思想の古代からの流れの到達点として考えたときには経済思想としてではなく、もっと広い意味での社会思想として考えた方が良いと石井教授はいいます。そして、その思想そのものを経済学のルーツとして位置づけています。

photo066次に、アダム・スミス以降の経済学の発展における道徳哲学あるいは道徳からの視点の希薄化という問題が挙げられます。経済思想の歴史では、スコットランドからイングランド、そしてアメリカへ移っていったときに経済学の道徳哲学あるいは道徳の側面の希薄化が起こってきたと石井先生はいいます。イギリスのモラル・サイエンスはアダム・スミスからジョン・スチュアート・ミルやアルフレッド・マーシャル、ケインズ、反主流派的な経済学であるポスト・ケインジアンにも受け継がれています。そこで経済学を本来から考えられてきた道徳科学的な姿に戻ることが重要なのではないかということで、アダム・スミスの全著作を有機的、構造的に理解し、現在の資本主義的文明社会の基礎的原点としてのアダム・スミスの道徳哲学の分析が必要になると石井教授は述べていました。

そして、アダム・スミスの著作を年代順に見ていくと、まずEssays on Philosophical Subjects(EPS)というものがあります。その中の「天文学史」のなかに方法論を考える上での重要な概念が出てきます。それは“Connecting Principles of Nature”(自然の結合原理)というものです。アダム・スミスが上記のようにある現象に対して驚き、疑問を持ち、感嘆するというように、結果から原因まで遡及するような考え方から、良い結果は良い原因から生まれ、逆に悪い結果は悪い原因から生まれるということを意味します。良い原因として考えられるのは、一人ひとりが自分の利益を正義の範囲(他人の生命や名誉や財産を侵害しないこと)で追求するという考えを持って経済活動を行うこと、これこそがアダム・スミスの『国富論』の原点だと石井先生は言います。

次に、エディンバラでの公開講義で良い評判を得たアダム・スミスはグラスゴウ大学で論理学や道徳哲学の教授になり、Theory of Moral Sentiments(TMS、『道徳感情論』)を刊行し、Lectures on Rhetoric and Belles Letters(LRBL)も並行して講義しました。ここで大事なのは、アダム・スミスは死ぬ前に『国富論』の改訂版ではなく『道徳感情論』の改訂版を出しているということです。つまり、アダム・スミスは『国富論』よりも『道徳感情論』の方を大事に思っていたということになります。

photo067最後に、「新アダム・スミス問題(経済的利害重視による倫理的側面の軽視)」というものがあります。現在の新たな問題としては、危険な考えを持ったエコノミック・インペリアリズム(経済学帝国主義)の出現により、それを打ち消すための倫理的な考えを生み出すことが重要になっているということです。つまり、経済学を考えていく上で、道徳哲学の考え方は根本的に必要になっているということなのです。そして、これこそが道徳哲学の現在的意義になっているのです。

以上のように見ていくと、『国富論』で現在の経済学のルーツを生み出したアダム・スミスがどれほど道徳を重視したのか、その必要性と重要性が理解できました。石井先生が最終講義のタイトルとした「アダム・スミスの道徳哲学の現在的意義」についてよく考えてみたいと思いました。

そして、今回の石井教授の最終講義はこれまでの長いキャリアを総括するような内容であり、そのような講義を受講できたことを大変うれしく思うと同時に、経済学のありうべき姿を探求するためによりいっそう経済学を多面的に勉強してみたいと思いました。

(文・Yoshikazu, K., 写真・Yuzo, Y.)